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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)30号 判決

原告 上田茂太郎

被告 中野税務署長 外一名

訴訟代理人 光広龍夫 外三名

主文

被告中野税務署長に対する請求を棄却する。

被告東京国税局長に対する訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

一  被告中野税務署長が原告に対し昭和三七年一〇月三一日付でした更正・決定のうち譲渡所得金三四六万二、五五二円、納付すべき税額金一三九万九、四五〇円および過少申告加算税額金六万九、九五〇円の部分を取り消す。

二  被告東京国税局長が原告に対し昭和三九年三月一三日付でした審査裁決のうち譲渡所得金一九九万九、二九七円、納付すべき税額金七五万七、八六〇円および過少申告加算税金三万七、八五〇円の部分を取り消す。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

(被告ら)

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因ならびに被告の主張に対する反論

(請求原因)

原告は、昭和三六年分所得税につき不動産所得一四四万一、六九五円、給与所得三八万三、〇〇〇円、計一八二万四、六九五円と確定申告したところ、被告税務署長は、原告には同年度において右所得のほか譲渡所得三四六万二、五五二円があると認定し、昭和三七年一〇月三一日付をもつて所得金額を五二八万七、二四七円、納付すべき税額を一三九万九、四五〇円と更正し、過少申告加算税六万九、九五〇円の賦課決定をなし、該更正および決定は、被告国税局長の昭和三九年三月一三日付審査裁決によつても、譲渡所得金額の計算に一部誤りがあつたとしてその課税標準金額を一九九万九、二九七円、納付すべき税額を七五万七、八六〇円、過少申告加算税額を三万七、八五〇円と各変更されたほか、残余の限度において維持された。

しかしながら、原告には昭和三六年度において譲渡所得はなかつたのであるから、右更正・決定ならびに裁決は、違法であつて取り消されるべきである。

(被告の主張に対する反論)

一  前記譲渡所得に係る別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)は、その敷地内にあつた店舗兼居宅(登記ずみ。)を未登記の二棟の建物とともに取りこわして新築したものであるが、原告は旧建物とその敷地の借地権を昭和三一年中に長男茂一郎に贈与したことはあるが、被告ら主張のごとく本件建物とその敷地の借地権を茂一郎の相続人らに直接贈与したことはない。いま、その間の事情を詳述すると、原告は、茂一郎が旧建物で独立して酒類の卸小売業を経営していたところから、同人の要請に基づき、他の子供らにも諮つたうえで、これらの建物とその敷地の借地権を昭和三一年三月二二日公証人の確定日付のある(上田茂一郎に遺産を前渡するための契約書)と題する書面(以下贈与に関する契約書という。)をもつて同人に贈与した。もつとも、右書面には、「不動産譲渡の登記は昭和参拾六年三月十五日とし父(原告)の考へ方に依り、茂一郎又は鈴子(茂一郎の妻)、寿一(茂一郎の長男)の何れかの名義とする」との条項があるが、右条項の趣旨は、当時茂一郎が多額の債務を負担しており、原告としては、同人がその苦境を乗り切ることができるかどうかについて不安を感じていたので、財産保全のため直ちに登記名義を同人に移すことを差し控え、五年後を期して、その時の状況をみたうえで、登記名義人とする者を原告において選択する旨を定めたものであり、茂一郎に対する贈与そのものを右登記の時にかからしめたものではない。このことは、現に、昭和三三年頃前記借地を含む附近一帯につき土地区画整理事業が実施された際、茂一郎が、三棟の旧建物を撤去し、原告名義で受領した補償金四〇万円と株式会社日本不動産銀行から借り入れた金一〇〇万円をもつてその敷地内に本件建物を自ら新築したことによつても明らかである。

ところが、茂一郎が昭和三五年一月二〇日死亡するに至つたので、本件建物および借地権は同人の妻鈴子、長女文江、長男寿一、二男茂三郎が共同で相続したが、右四名において昭和三六年三月一六日相続登記をするに当たり、本件建物については、その登記がさきに取りこわした旧店舗兼居宅の登記を便宜そのまま流用して旧建物に増築した形式をとつていたために、原告の所有名義となつていたところから、手続を省略する意味で、原告から同月九日付贈与を原因として右四名に対する所有権移転登記を経由した。右の次第で、登記面の記載は実体に符合しないものであるから、単に登記面の記載のみによつて原告が昭和三六年度中に本件建物とその敷地の借地権を右茂一郎の相続人らに直接贈与したものと認定してなされた前記譲渡所得税の賦課処分は、違法である。

なお、被告国税局長の譲渡所得の内訳が被告ら主張のとおりであることは、認める。

二  原処分の一部を取り消した裁決又は原処分を変更した裁決は、文理上行政事件訴訟法一〇条二項の「審査請求を棄却した裁決」ということはできないばかりでなく、新たな行政処分をする趣旨を有するものであつて、その違法は、裁決固有の瑕疵であるというべく、また、原処分が判決によつて取り消されても、裁決自体依然として有効に存在し、その結果、原処分を取り消した裁判の効力と裁決の効力とが抵触する事態を招来することとなるので、かかる不都合を未然に防止する意味においても、独立して取消訴訟の対象となり得るものと解すべきである。なお、原処分に対する判決と裁決に対する判決との間に起きる判断の矛盾・抵触は、移送の規定を活用することによつて避けることができる。従つて、原処分の一部を取り消した裁決又は原処分を変更した裁決には行政事件訴訟法一〇条二項の規定の適用はない。

第三被告の答弁ならびに主張

(答弁)

請求原因事実は認める。但し、譲渡所得がない旨の主張は争う。

(主張)

一  被告らが原告には昭和三六年中に譲渡所得があると認定した理由は、原告が、昭和三六年三月九日上田文江外三名に対し、原告所有の本件建物およびその敷地の借地権を贈与したことによるものである。

原告は、右贈与の事実を否認するが、原告挙示の贈与に関する契約書によつても、その主張の頃建物の所有権等が茂一郎に対し確定的に移転したものと認めることはできず、却つて、右契約書には「此度茂一郎の要望で池袋二ノ一一六一番地の地上権と家屋三軒(旧建物)を譲渡して呉れとの話があつたので何れはする事故少し早いとは思ふし又努力性を薄める事となりはせぬかとも考えるが何れはする事故妥当と考へて決定したい就而は将来の為めに次の細目条件を附記し度い」との記載と、右の細目として、原告主張のごとき登記に関する条項と「昭和三一年三月分から前記建物よりの収入は茂一郎の所得とし一切の費用は茂一郎にて賄う」との条項があり、これらを統一的に解釈する場合、原告が昭和三六年三月九日本件建物をその敷地の借地権とともに茂一郎の相続人らに直接贈与したことは、疑いをいれないところである。

また、被告国税局長が、原告の譲渡所得を一九九万九、二九七円と認定した計算の内訳は、建物の譲渡所得〇円、借地権の譲渡所得四一四万八、五九五円、その課税標準一九九万九、二九七円である。

なお、原告の反論二の主張事実中、茂一郎が日本不動産銀行から金一〇〇万円を借り受けたこと、同人が原告主張の頃死亡したこと、本件建物について原告主張のごとき所有権移転登記が経由されていることは認めるが、茂一郎が前記金員をもつて本件建物を新築した事実は否認する。

二  原告の被告国税局長に対する審査裁決の取消しの訴えは、被告税務署長のした原処分(所得税の更正)の違法を理由とするものであるから、行政事件訴訟法一〇条二項により棄却されるべきである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  まず、被告税務署長に対する請求について判断する。

贈与に関する契約書(甲第一号証の一)に原・被告ら各主張に係る記載・条項があることは、当事者間に争いがない。そして、〈証拠省略〉によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、原告は、酒類の卸小売り等を業とする者であるが、昭和二六年一月頃岸野時太郎から賃借していた豊島区池袋二丁目一、一六一番宅地上に木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪一〇坪二階坪五坪を建築し、長男茂一郎を同所において酒類等の卸小売業を営ましめ、その後さらに右借地上に約六坪の倉庫および二階建延べ約一五坪の店舗各一棟を建築し、これらも同人に使用させていたところ、昭和三一年三月頃茂一郎から、右三棟の建物およびその敷地の借地権を贈与してもらいたい旨の申入れを受け、原告としては、同人が凶暴な性格であるうえに酒乱の癖があり、営業成績も悪かつたので、右申入れを拒絶すれば同人の行状を悪化させることのあるのを恐れ、いずれは同人にやるべき財産であるから、むしろ、同人に励みを与えて立ちなおつてもらうことを期待し、遺産前渡しの趣旨で、右申入れに応ずることとしたが、当時同人には多額の負債があつたので、財産をなくして妻子を路頭に迷わせる事態の生じかねないことを考慮し、他の子供らにも諮つたうえで、前記贈与に関する契約書(甲第一号証の一)を作成するに至つたことを認めることができる。

しかして、前記当事者間に争いのない右事実に認定の諸事実をあわせて考えると、甲第一号証の一の契約は、五年の期間内に茂一郎が立ちなおれば同人に対して前記建物の所有権およびその敷地の賃借権を贈与し、建物につき所有権移転登記を完了するが、若し茂一郎が立ちなおらない場合には、同人の妻子に対して権利の移転および登記をする旨の期間を限つた停止条件付贈与契約であると解するのが相当であり、右甲第一号証の一には、「茂一郎の受けるべき遺産配分は譲渡済と認め……」とか「茂一郎に対する遺産贈与分の前渡済と認め……」とかの文言があるが、これらの文言をもつてしても右認定を左右にするに至らず、他に右認定をくつがえすに足る的確な証拠はない。

さらに、〈証拠省略〉によれば、昭和三三年土地区画整理事業が施行されるに際し、前記建物が取りこわされてその敷地上に本件建物が新築されたことを認めるのに十分であり、また、原告名義の本件建物につき亡茂一郎の妻鈴、長女文江、長男寿一、二男茂三郎のために昭和三六年三月九日付贈与を原因とする所有権移転登記手続が経由されていることは、当事者間に争いがない。

それ故、少なくとも、本件建物の敷地の賃借権に関する限り、原告主張のごとき昭和三一年三月二二日付原告から茂一郎に対する贈与の事実を認めることはできず、却つて、被告ら主張のごとく昭和三六年三月九日原告から茂一郎の相続人四者に対して直接贈与されたものと認めるのが相当である。なお、被告は、借地権のほか、本件建物についても同日贈与があつたと主張するが、本件建物の譲渡所得額が零であることは当事者間に争いがないのであるから、右建物贈与の有無は、課税処分の適否を争う本件訴訟においては、敢えてこの点の判断をする必要がないものというべきである。

ところで、原告の昭和三六年における譲渡所得税の課税標準(借地権譲渡分)が一九九万九、二九七円、納付すべき税額が七五万七、八六〇円、過少申告加算税が三万七、八五〇円であることは、当事者間に争いがない。

また、被告税務署長のした更正および賦課決定は、被告国税局長の審査裁決によつて右のとおりの各金額に変更されたこと原告の主張に徴して明らかであるから、これら更正および決定のうち右各金額を超える部分は、審査・裁決により取り消されてすでに消滅しているものといわなければならない。

されば、被告税務署長に対する請求は、すべて理由がないので、これを棄却することとする。

二  つぎに、被告国税局長に対する訴えについて判断する。

原告の被告国税局長に対する審査裁決の取消しの訴えは、譲渡所得の誤認という原処分(更正および賦課決定)と共通の違法を理由とするものであつて、裁決の手続上の違法その他裁決固有の瑕疵を理由とするものではないこと、主張自体に徴して明らかであるから、行政事件訴訟法一〇条二項の制限に該当して不適法であるといわなければならない。

原告は、「審査請求を棄却した裁決」と本件のごとき「処分の一部を取り消した裁決」又は「処分を変更した裁決」とを区別して、右訴えの適法性をるる論述するけれども、同条項の適用に関する限り、「処分の一部を取り消した裁決」又は「処分を変更した裁決」の取消しの訴えは、当該裁決のうち審査請求を棄却した部分の取消しを求めるにほかならないから、「審査請求(全部)を棄却した裁決」の取消しを求める訴えとその取扱いを異にすべき合理的理由を見い出し得ず、原告の右主張は、採用の限りでない。

それ故、右訴えは、これを却下すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のどおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 中平健吉 岩井俊)

別紙目録

東京都豊島区池袋二丁目一、一六一番地

家屋番号甲一、一六六番六

店舗兼居宅木造瓦葺二階建一階二三坪(七六・〇三平方メートル)二階一六坪(五二・八九平方メートル)

以上

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